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春と桜と、そしてヨガ。

ここ数週間、
1年の中で、一番練習に集中できない「春」が始まったなぁ、
と感じています。

 

継続的な練習を続けていると、
その頻度に関わらず(毎日練習できたか、できなかったか)、
質が高い内容だったのか、そうでなかったのかを敏感に感じることが出来るようになります。

 

例えば、毎日ベストな練習をフルでできなくても、
体も心もとっても元気!な時とか、
それができているのに、元気の逆、だったりとか。

 

アレルギーのように、いろんなことに敏感になるのが私の春…
だからこの数週間、誰と会っても話しても、いつもならスルーできることが
何もスルーできなくて。全部抱えてしまっています。

 

毎年のことなので、予想はしてましたが
やっぱり来ましたね、春、って感じ(笑)
これはいつも桜が散るまで続きます。
今日の月一の師の元での練習でも
バックベンドのまぁ固いこと、緊張してること、
(笑っちゃうくらい)手に取るように身体中がこわばってるのがわかりました。
息も切れるし、汗の量も半端じゃないし、
あー、この1ヶ月、私練習しているつもりで集中は出来ていなかったんだなぁと。
このタイミングでよく怪我をするのを思い出したり、
で、結局「非」集中…

 

喜びも、悲しみも、
出会いも、別れも、
そんなに数多くはないけれど、
心の中が「ぎゅーっ」となるような事が多かった春だもの。
心の襞(ひだ)がいつもより何重にも増して、固まってしまってるんでしょうね。

 

桜と共に
それは訪れ、
そして去っていく。

 

こうざわざわするのは、春の桜が咲く頃によくある心の変化なので、
昔は桜がなければ…
こんな思いになることもないかと思っていました。

 

だけど…
今住む長野は「ソメイヨシノ」が少なく、
品種が違うために私の中ではあまり「桜」という印象がありません。
赤っぽい「コヒガンザクラ」とか、なんか色が違うので、
「桜が咲かない!」ひどく落ち込んでる時にはそう思う事すらがありました。

 

なければないで懐かしく、
郷里の桜が恋しくて、
季節になると毎年戻ってしまう、の繰り返し。

 

桜がなくても、
「ぎゅーっ」となる思いは、結局同じでした。
きっと恋する気持ちと一緒。
大切すぎて、
もう、墓場にまで持ってくしかないんです。

 

さぁ、黙って時が過ぎるのを待ちましょう。
ゆっくり心の中が片付いていくのを見守るしかありません。

 

今日も、明日も、
みんな素敵な1日を❤︎
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5月のヨガリトリート「新緑渓谷⭐︎リトリート」
今年は秘境、紺碧の渓谷でヨガをします!
屋根から落ちる大きな雨粒が、傘に当たる音が私は大好き。 長野はまだ桜ではなく春の雨。東京は早咲きの桜が綺麗ですね、江戸川ぞいとか…

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