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ヨガのインストラクターになるという事

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子どものとき
「先生」と名のつく職業には、絶対なるもんか、と思っていました。
社会に出てからもよく、そう考えた理由はなんだったんだろう、と考える事があります。

理由はいつ考えてみても一つ。
学校の先生はみんな、生気のない瞳、つまらなそうな目をいつもしていたから
先生自身もきっとつまらないんだろうな、と子どもの私は感じて、そう先生をみていました。
今思うと、さぞかし扱いづらい、嫌な生徒だったんでしょうね…。
小学校の時に「先生は毎日同じ授業をしていて楽しいの?やりがいがあるの?」と好きだった先生に聞いたら
とても困った顔をされていました。
その時から私は、その先生と本気で話をするのをあきらめました。

そんな中でも、人生にとってとても影響をうけた大好きな先生が2人、いらっしゃいます。

1人は小学校の担任でした。
でも車の座席におんなもののパンティをカバーとしてつけてるとか、なんだか他にもきわどい噂が沢山あって、保護者にはめっちゃ嫌がられており(みんなで騒いで見に行ったけど、記憶が定かではありません。後にバンダナに変わっていた記憶のみです)。でもその先生からは「自分で考え自分で選択し、それを人に自分の意志として伝える事が集団生活では必要だ。たとえそれが良い事でも悪い事でも」、という実践を教わりました。(クラスで何か問題が起きると、全員に意見を聞いて回る先生でした。少しでも「○○ちゃんと同じです」みたいな意見をだすととても憤慨され再度自身の意見を言うまで何もされずそのまま待っているのです。)だから多少今でも私は弁が立つタイプなのかな、と思います。

もう一人は高校の美術の先生です。
先生自身、なんと遅刻の常習犯で、そのかわりに朝礼をしなきゃいけない学年主任にはいつも嫌がられてた先生だ、という記憶があります。
でもその先生は私に「君はいつも、感じる事が他の人と違うんだね。とてもいいことだよ。」とおっしゃってくれたことがあります。
それで生まれて初めて私は「人と違ってもいいんだ」と思うことができたし、良くも悪くも私は今でも一匹狼(あまのじゃくともいう)でいられるんだ、と思います。

(もう一人いたのですが、授業サボったら理由も聞かずに豹変して怒ってたので、
私の中では一気に熱が冷めてしまいました。)

私、そんな先生ばかり好きですね。
それが例え、個性ありすぎるとしても、
間違えなく私からは、誰にも迎合せずわが道を行く「1人の人間」として見えたので、とても尊敬していたのです。

だから教師としては、浮いてたんでしょうね。
最近、その「大人の事情」ってものがわかってきたような気がします。

だから、今でも「先生」は嫌いです。
・・・なのに、そんな私が、「先生」という名のつく職業についています。
だからこそ、熱く思うことが、理想があるのです。

ティーチャーというのは生徒に対し限りない責任を負うもの…それについてヨガの先生の資格を取るために卒業した「ヨガジェネレーション」で記事にしてもらいました。是非お時間があったら読んでみてみてください。ヨガの先生になるにはどう、何をすればいいのか?なにが大事なのか?のヒントに少しでもなれたら幸いです。

→ヨガのインストラクターになる